主人公の感性を知ることは果たして良いことなのか?

FFXからFFXIII-2まで(オンラインは除く)、主人公の感情・感性・心の声を丁寧に描く作品になっています
正直、耳障りに聞こえたユーザーは多いと思います。
映画やアニメや漫画、小説はそれほどうざったく思えません。
この差はなぜでしょうか。


ゲームとその他作品と違うところは、インタラクティブによる没入感です。
没入感とはすなわち、主人公とユーザーの心がひとつになろうとする現象とも言えます。
余りにも丁寧に主人公の心を描きすぎると、
それはユーザーに感性を強要しているのと同じです。
たまたまシンクロしてくれたなら違和感はありませんが
全てのユーザーが同じ感性であるはずがありません。


ゲームの主人公は、ある程度の設定をつけたあとは
味気ないものにして、ユーザーに丸投げしてしまったほうが
没入感が高まります


例外もあります。
濃い味付けをして選択肢だけ委ねて成功したゲーム
有名なのはシュタインズゲートです。
おおよそ受け付けがたい主人公なのに、ゲームを進めていくうちに
主人公と心をひとつにし、難関に立ち向かおうとする。
ですが、
これがどの作品にもうまくいくとは限りません。


大事なのは、どれだけ性格や設定で固めても、
肝心の部分(選択肢・感性)はユーザーに委ねるべきであるということです。
昨今のFF批判になってしまいましたが、
他の作品も同様だと思います